ほら、恥ずかしいからってそうやってすぐ視線そらす癖やめなよ。
俺のこと全部、全部、アンタの目の中にしっかり刻んでおいてもらわなきゃ。
こんな顔してる、この声も覚えてて?手の大きさとか、全部、全部。
焦るね。だってそりゃ、





何時、何処で、別れる運命かなんて分からないもの。





『反らした視線』




耳に障る音がして。おもむろに起き上がってみる。
薄く開いた障子の隙間から明け方の冷たい風が入ってきていて、音源はこれかと眉を顰める。
野外で寝ることは割りと頻繁で、むしろ今自分が暖かい布団の中に居ることの方がよっぽど違和感ではあったが、
いつもの聞きなれた風の音とは違う、いかにも身体が底冷えするような音に、眉間に不快を露にする。
不快感の後にはふと、あぁ、『旦那』が風邪引いちまう。と思った。
自分の頭の中では自分の身体よりも常にこの人の身体が最優先に動いているのがよく分かる。
それは滑稽とも感じなくて、むしろ何処か嬉しいような、心地よいような感じがした。

ひととき、隣りであの大きな目を閉じて眠るその人の様子を枕の上に片肘をついて自分の頭を支えた状態で見つめる。
普段の大暴れっぷりとは打って変わって静かに寝息を立てる相手の顔を見て、小さく苦笑を漏らす。
普段のあのエネルギーはどこから出ているのだろう。
まだまだ成長するであろう毛布から覗いた相手の身体を見ると、先ほど散々自分がつけた痕を見つけて何となく独りでに顔を赤らめる。

(俺様ってば、お子さまに手ぇ出して…悪だねぇ)
心の内で独りごちるとそのまま溜め息をついた。
さて、あの隙間を閉めに行くかと意を決したように自分の身体に被っていた分だけ毛布をそろりと捲り、
布団の中に風が入らないようになるべく慎重に出て行く。
とりあえず自分が障子を閉めるまで相手に風が当たらないように、と相手の身体に中途半端に被さっている毛布を掛けなおす。


と、その時もぞりとお山が動いた。

「…ぅ、ん……」

もぞもぞと動くそれはあー、だのうー、だの不服そうな細いうめき声を上げて片手を何か探すような形にバタつかせる。
はいはい、ちょっと待ってと内心慌てながら音を立てずに障子まで歩み寄り、
そのまま隙間を埋めるように閉め布団に戻ってみると先ほどまでうめいていた若き虎は大きな目を眠そうに数回瞬かせてこちらを窺っていた。

「あ、起こしちゃった?ごめんね旦那」
未だ他の部屋で眠る者たちのことを考えて小声で謝る。
まだ寝てて大丈夫だから、と付け足して再び布団の中に潜り込む。
布団の外に出たことで若干冷えた身体に、今まで寝ていた相手と自分の体温が乗り移った布団が暖かくて自然と笑みが零れる。
すると、旦那が俺の脚に自分の脚を絡めてきた。

滑らかな感触に一瞬驚くが、旦那の目を見ると何か言いたげだったのでどうしたの、と聞いてみた。

「…ひとときでも、冷えただろうと思ってな。」

「そいつぁ、どうも…。」



少し意外だ。旦那ってば、中々心遣いが出来るいい子に育ったじゃない!でも他の野郎にはやっちゃダメだよ!

内心そんなことを考えながらも、自然と口角を上げてしまうのを止めることは出来なかった。
すると、旦那が顔を子どもみたいな体温の手で触ってきた。

「どうしたのさ。眠れない?」(暖かい…)

相手の真剣な顔に おや、と思う。

「お前が、言ったのだぞ。顔とか、声とか、覚えていてとな。」



…。



あー、それは…あれの時に切羽詰りすぎて何かこう、
欝な部分を出しちまった、いわゆる戯言ですかね…?



「なに…旦那、そんなこと覚えてなくていいからっ」

苦笑漏らして左手をふらふらと振る。
俺が冗談だと言うと、旦那はいつも納得するのだ。
今回もどうせそうなるだろうと思っていた、だが

「…いや、これは覚えているべきだと俺は思う。佐助、あの佐助の言葉は俺の気持ちでもあるのだ。
俺は、お前のことを、何もかも全て覚えておきたい。」



またもやビックリさせられた。旦那、それはちょっと破廉恥じゃない?

「時は戦国、互いにいつ何処で命を遂げるか分からぬのだ。
触れられる今のうちに、もっと触れて覚えておきたい。
顔も、手も、声だって。此処に、在るのだと…覚えておきたい」

そう言って旦那は俺の頬を両手で包んだ後、右手を両手で握って少しだけこちらに近寄ってきた。
(ただでさえ、こんなに近いのにね)

「佐助。お前の心の臓が生きている音とて、俺はこの耳に永久に覚えていたいのだ」

こつりと、胸にかかった重みが愛おしくて不覚にもちょっとだけ視界が歪んだりした。



「もう、お前から視線は外さぬ」









恥ずかしいからってすぐ視線そらす癖やめたんだ。
俺のこと全部、全部、アンタの目の中にしっかり刻んで貰えてんのかな。
こんな顔してる、この声も覚えてる?手の大きさとか、全部、全部。

焦るね。だってそりゃ、





何時、何処で、別れる運命かなんてまだ分からないもの。



でもそうやって覚えてくれてるアンタを、
俺だって覚えてる。








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たまにふとお互いの命の終わりを考えてちょっと切羽詰まってる二人とか。
割かし佐助はアレの時とかに鬱な部分を曝け出してそうです(…)
幸村も不安で不安で堪らない時だってあるけどがむしゃらに突っ走る佐助の方を
気にかけてばっかで割かし平気だったり?(佐助どんだけナイーヴなんだよ)